ここでは猫の心筋症の診断について解説します。
診断は重要
診断はとても重要で、すべての土台です。
何について考えるのにも、まず「今はどういう状況なのか」という現状把握が必要ですが、病気の場合はこれが診断です。
診断がはっきりしているからこそ、愛猫の今後の見通し、治療戦略、飼い主が取るべき行動も考えていけるようになります。
しかし、残念ながら、診断の重要性は飼い主さんにあまり伝わっていないようです。
「かかりつけの病院で心臓が悪いって言われました。このお薬で合ってますか?」
「回答するためにお聞きしたいんですが、具体的に、どんな病名で、病気の程度はどうだって言われていますか?」
「何て言っていたか…よく覚えていませんけど…。でもネットで調べたら、●●ってお薬は心臓に良くないって書いてあったんです」
のように、診断が曖昧なまま、その先のことを考えようとする人にはよく出会います。
回答する側に立場を変えてみると分かりやすいかもしれませんが
「人生がうまくいっていません。海外に行ったほうが良いですか?」
という質問では、情報が足りず答えにくいですよね?
「人生がうまくいっていない」とはどういう状態なのか?
そして、その現状からどうなりたいのか?
そういう前提を把握せず、「海外に行くべきかどうか」という手段の話を始めても、おそらく残念な結果に終わるでしょう。
病気の話における診断も同じです。
「この後どんな症状が出るのか?」と考えるのも、「どれくらい生きそうなのか?」と考えるのも、「もっと良い治療はないか?」と考えるのも、「もっと飼い主としてできることはないか?」と考えるのも、診断がついてからのほうがずっと有益です。
診断の中身
診断の中身をもっと具体的にすると
- 心臓病かどうか
- 病名
- 病気の程度
になります。
これが飼い主が把握しておくべき情報です。
愛猫は本当に心臓病なのか?そうではないのか?
もし心臓病ならば、具体的にどんな病名がつくのか?
その心臓病の程度は軽いのか?重いのか?
さて、あなたは自分の愛猫について、これらの点を把握しているでしょうか?
把握できているなら問題ありません。
でも、もし把握できていないのであれば、かかりつけの先生に診断を確認してみましょう。
まだ診断がついていなければ、かかりつけの先生に診断をつけてもらえるようにお願いしましょう。
猫の心筋症の診断で知っておきたいこと
飼い主として、猫の心筋症の診断について知っておいたほうが良いことを解説します。
猫の心筋症の診断は難しい
ここまで診断の大切さを伝えてきたのにアレですが、残念なことに、猫の心筋症の診断はとても難しいです。
なぜなら
- 心筋症という病気の解明が足りない
- 診断基準があいまい
- 猫の検査は犬より難しい
などの理由があるからです。
なので、心臓病かどうかの判断からして難しいケースは多いし、病名をつけようにも悩むケースも多いし、病気の進行具合が分かりにくいケースもあります。
僕の専門は犬と猫の心臓病ですが、日々の仕事で「猫は難しいな…」と感じます。
ましてや心臓が専門じゃない先生方が猫の心臓を診るのは、かなり大変だろうとも思います。
僕が脳や目や膝など専門外の病気を診る……よりはずっとしっかりした診断をされているでしょうが、きっと結構な苦労をされているはずです。
もちろん、診断は獣医さんのお仕事なので、飼い主のあなたが悩む必要はありません。
ただ、知識として
- 診断はとても大切!
- でも、猫の心筋症の診断はそんなに簡単じゃない
ということは知っておいてください。
心筋症の確定はできない??
もう一歩踏み込んで話すと、猫の心筋症の診断は難しいどころではなく
真の意味で心筋症だと確定するのはほぼ無理
なレベルです。
心筋症は心臓の筋肉がやられる病気です。
心臓の筋肉がやられているのを確認するには、心臓の組織を取り出し、顕微鏡で見る必要があります。
しかし、生きているのに心臓を取り出すなんてできませんから、事実上、生前に完璧な確認はできません。
では現実にはどうしているのかというと、直接的な証拠ではなく、状況証拠を集めていきます。
- 心臓が悪くなったときの症状が見られる
- エコーやレントゲンで見た心臓の形がおかしい
- エコーで見たら心臓の動きがおかしい
などの証拠を集めていって、「絶対とは言い切れないけど、これだけ状況証拠が揃っていたら、まあ心筋症でしょ?」という感じで診断をしています。
つまり、生きているうちの心筋症の診断とは、厳密には確定ではなく、とりあえずの診断ということになります。
実際、猫の心筋症のガイドラインでも「表現型(Phenotype)」という用語が使われています(出典)。
表現型とは何かというと、「そう見える」という意味です。
たとえば「表現型 肥大型心筋症」であれば、「(確定はできないけど)肥大型心筋症のように見える」となります。
心エコーは必須
猫の心筋症の診断には、ほぼ心エコーは必須です。
心エコー検査は、心臓の形、動き、血液の流れなどが確認できますが、同じことを他の検査で調べるのは困難です。
もし、心エコー検査をせずに心筋症の診断をされたなら、その診断は正確性が一段階以上落ちると思ってもらって構いません。
診断にどこまでの精度を求めるのかに正解はありませんが、もしあなたがきちんとした診断を求めるならば、心エコー検査は必須だと覚えておいてください。
心エコー以外も必要
猫の心筋症の診断に心エコーが重要なのは間違いありませんが、それは「心エコーさえすれば良い」という意味ではありません。
たとえ心エコーで心筋症を疑っても、それで確定ではない以上、参考情報として他の検査結果も重要になります。
また、病気かどうかの判定だけでなく、病気の程度を判断するためにも、いろいろな情報が必要です。
具体的には、胸部レントゲン、血圧、心電図、血液検査、お腹のエコーなどの検査も行わないと診断が難しいケースもあります。
飼い主としては、「猫の心筋症をしっかり診断するには、心エコーは重要。でも、他の検査も必要になることがある」と知っておいてください。
心筋症のタイプ別 診断のポイント
ここからは、心筋症のそれぞれのタイプの診断法について解説します。
専門的な話は難しいし飼い主さんが完全に理解する必要もないので、ここでは診断のイメージをつかむための簡単な説明にとどめます。
肥大型心筋症
肥大型心筋症の診断は、大まかに
- 心臓が肥大している
- 心臓が肥大する心筋症以外の要因がない
という点を確認していくため、心エコーとその他いくつかの検査が必要になります。
「肥大型」心筋症なので、「肥大=心臓の壁が分厚くなっていること」の確認は必須です。
この肥大の判定には、心エコー検査が必要で、心臓の筋肉が実際に分厚くなっているのを確認できます。
「レントゲンを撮ってもらったら心臓肥大が分かったので、肥大型心筋症と診断された」という話はよく聞きますが、レントゲン検査で分かるのは心臓全体のサイズで、心臓の壁が分厚くなっているかどうかは分かりません。
レントゲン検査が必要となる場面もありますが、基本的に「レントゲン検査では心臓肥大や肥大型心筋症の診断はできない」くらいに思っておきましょう。
また、よくある勘違いですが、「心エコーで肥大が見つかった→肥大型心筋症」とはなりません。
図でも確認してほしいですが、「肥大型心筋症→心肥大」は正しいものの、「心肥大→肥大型心筋症」とは限りません。
たとえば、心臓の出口が狭くなる病気、高血圧、ホルモンの病気など、心筋症以外の要因でも心臓の肥大は起こります。
肥大型心筋症を診断するときには、心エコーだけでなく、血圧測定や血液検査など、心筋症以外の異常を調べる検査も必要になることがあると知っておいてください。
拘束型心筋症
猫の拘束型心筋症の診断の主力になるのは、やはり心エコー検査です。
- 心臓が膨らんでいる
- 心臓の壁や内部の見え方が違う
- 心臓が広がりにくくなっている
のを確認していきます。
心臓が膨らんでいるかどうかの判定は比較的簡単ですが、残り2つの判定はけっこう難しく、知識と技術と経験が必要になります。
拡張型心筋症
猫の拡張型心筋症の診断の主力も心エコー検査です。
- 心臓が膨らんでいる
- 心臓が縮みにくくなっている
のを確認していきます。
こちらは一般の人のイメージに近いので、理解しやすいかと思います。
不整脈原性右室心筋症
猫の不整脈原性右室心筋症はレアな病気なので、省略します。
心エコーや心電図検査で、心臓の右側に問題が起こっていて、不整脈も出ているのを確認します。
非特異型心筋症
非特異型の定義は「他の分類に当てはまらない」なので、診断は消去法になります。
心臓は明らかにおかしいけれど、「でも肥大型とは言えない」「拘束型でもない」「拡張型でもない」と、他のタイプの心筋症ではないことを確認すると、診断はこの非特異型になります。
まとめ
まとめると
- 診断は重要!
- でも、猫の心筋症の診断は難しい
- 心エコーを中心に、他の検査も組み合わせて診断する
という話でした。
この情報が、あなたと愛猫の参考になれば幸いです。